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今月のお話 第二回

2014.03.08text by 草刈民代

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2012年が「古事記編纂1300年」ということもあり、「古事記」にまつわるものが一部でブームとなっていたようだった。昨年始め、なんとなく目についた「古事記を巡る旅」なるムック本を買い、ペラペラとめくるうちに、天岩戸神社が気になり始めた。

 

天岩戸といえば、岩戸伝説という有名な話がある。その昔、天照大神(アマテラスオオミカミ)さまが、弟の素盞鳴尊(スサノオノミコト)の乱暴を怒って天の岩戸に隠れてしまったため、世の中が真っ暗になり、恐ろしいことや、悲しいことが次々と起こるようになった。神々が相談をし、「岩戸の前で、踊ったり歌ったり楽しいことをしていると、天照大神さまはお覗きになるにちがいない」と、皆で余興を始める。そして、天鈿女命(アマノウズメノミコト)が踊りだすと、それが余りにも面白かったので、余興は更に盛り上がり、ついに天照大神さまが岩戸からお顔を出され、世の中に光が戻った、という話である。天鈿女命は日本最古の踊り手なのだそうだ。昨年はこの岩戸伝説を元に創作された、阪東玉三郎さんの「アマテラス」も拝見し感銘を受けたこともあり、どうしても行ってみたくなったのだ。

そして昨年12月初旬、ついに天岩戸神社のある高千穂を訪れた。天岩戸神社は、天照大神がお隠れになったと言われる洞窟(天岩戸)が、御神体として祀られている神社だ。宮司さんの説明を受けながら、神殿の奥にある天岩戸にお参りした。神社から歩いて20分くらいのところには、神々が集まって相談をした場所と言われる「天安河原」という洞窟がある。その洞窟も神秘的だが、そこに至るまでの道のりも神話の世界のような空気感だった。

 

天岩戸神社から高千穂神社に向かい、お参りをしながら神社をぶらぶらと歩いていたら、「高千穂峡」という標識を見つけた。「ここから行けるのかなぁ?」と夫と話しながら、標識を頼りに歩いて行くと、初めのうちは険しい石の階段だらけ。どこに向かっているのかもわからないまま歩き続けると、次第に水が流れる音が聞こえてきて、川が見えてきた。そして、ついに写真で見た峡谷の風景が顕れた。約1時間の散歩の間に、私は何度「すご~い!」と叫んだことか。岩の形状、谷の深さ、なにもかも今まで目にしたことがないものだらけ。さすが国の名勝。天然記念物。日本にもこういうところがあるのだと初めて知った。高千穂は神話の里と呼ばれるが、実際に行ってみるとうなずける。美しくのどかな風景の中に、長い歴史や、神々しいほどの自然の厳しさが垣間見られる。「こういう場所にいると、物語を作りたくなっちゃうよね」と、夫。太古の時代にも、そういう人がいたはずだと、感慨深げに言っていた。そして、夜は夜神楽。本来は33番を夜通しで上演するようだが、高千穂神社内の神楽殿で観光客用に短く演出したものを観る。これは日本の演劇のルーツとも言えるものだ。お客さんを笑わせるような演出もあり、見ている人皆が喜んで観ていたのが印象深かった。観光用と言えども、神事として伝わっているものを、多くの人びとと共有している感じがとても良かった。高千穂の神楽殿は客席がお座敷なのだが、皆がくつろぎながら観ていたようだった。昔の人たちはこのように芝居を楽しんでいたのだろうか。そんなことを考えながら観ていたら、ゆったりと、ほのぼのとした気分にさえなった。

高千穂から熊本空港に向かう間に目にした阿蘇の山々の風景にも大きく心を動かされた。海の景色は色々と目にしてきたと思うが、あんなに多くの山の連なりを目にしたのは初めてだった。「山ってこんなにあるものなのか!?」と思えた程の山の数。ずいぶん向こうの方まで、幾重にも山が見える。「見渡す限り」という言葉があるけれど、私はその山々を見て、「見渡すのは限りがある」と改めて思った。当然のことながら、世の中は見ようとしても広大すぎてすべてを見ることはできない。自分の目で見えるものなんて、ほんの一部分でしかないのだ。私は折に触れてそれを自分に言い聞かせてきたつもりだが、山を見て感じるとは思わなかった。自然を目にすることの醍醐味は、実はこういうところにあるのではなかろうか。

都井岬から望む太平洋。美しかった!

そして先月、今度は高校受験と大学受験を終えた甥二人を連れて、夫とともに、4泊5日の九州への旅に出た。昨年、高千穂で自然を味わうことの面白さを知った私は、甥たちにもその経験をさせてみたいと思い、半ば強制的に、友人同士では絶対に行かないような旅に連れだした。

 

まずは鹿児島空港から霧島に入り、桜島を見学しつつ大隅半島の志布志市へ。そこから都井岬、幸島、高千穂、南阿蘇と、途中宿泊をしながら通過し、熊本空港までのレンタカーの旅。レンタカーを返した時の走行距離はなんと800キロ。

霧島をぶらぶらしつつ、昼食に入ったお蕎麦屋さんの
おじさんが教えてくれた御池にて。カモが昼寝をしていました。

フェリーに乗って桜島へ。桜島から見る港。

湯之平展望所から見た桜島。桜島には、展望所がいくつかある。
「桜島」とは、島の名前だけでなく火山を含んだ総称として使われるのだそう。

志布志湾沿いにあるホテルから。小さく見えるのはダグリ岬。

日南海岸国定公園内にある都井岬。この馬は岬馬といって、天然記念物に指定されている。
都井岬に牧場が開設されて以来300年以上の間、繁殖と育成が自然にまかされてきた。
ロバのような体型の馬。

幸島の猿。都井岬から1時間ほど離れた場所から船に乗る。沖合から船で10分くらいのところにある小さな島。
この野生の猿も天然記念物に指定されている。京都大学霊長類研究所が観察し続けているそうです。

野生の猿と!

神々が相談をしたと言われる天安河原の洞窟付近の風景。川のせせらぎが心地よく、美しい。

高千穂峡の真名井の滝。天村雲命(あめのむらくものみこと)という神が天孫降臨の際に、
この地に水がなかったので水種を移し、そこから湧水し滝となって流れ落ちたのが
この滝だと言われているそうだ。

阿蘇くじゅう国立公園の広大な山の風景。人が小さい!ポツポツと点在しているのは人です。

南阿蘇にある白川水源。この底から、静かにポコポコと音を立て、水が湧いている。
水が湧くのを初めて目にした。

この日も昼食はお蕎麦。白川水源に行ったあと見つけたお蕎麦屋さんの近くにまた水源が。
ここは明神池名水公園。

公園内にある池。ポツンとあるのは、夫カッパの帰りを待つ、妻カッパの像。

甥たちに見せたいところ、自分の行きたいところを直感的に並べただけの私の予定表に基づき、ひたすら運転をしてくれた夫にはただただ感謝するばかりだ。いろいろな場所を見学し、強行な旅だったせいもあるが、「眠る年代」ともいえる彼ら二人は、「景色を堪能し、何かを感じてほしい」と思う伯父、伯母の願いを尻目に、走行中の半分以上は寝ていたようだ。ふと目を覚まし、窓から見える景色を見ては「すげぇ~!」と言って、また眠りに落ちる。運転を誤ったら大変なことになるような険しい山道や、阿蘇の山道ではいきなり目の前をイノシシが横切ってきて、急ブレーキをかけるようなこともあったが、その都度目を覚まし、神妙な面持ちで運転する夫を見守っていた。二人ともずいぶんと大きくなったもんだ。それなりに心を動かしていたようだった。高校生や大学生になる甥たちと付き合うのは、小さい頃の可愛さや面白さとは違う可愛さや面白さがある。時の流れを実感した旅だった。

 

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